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もしも、これが。大勢の人が引っ切りなしに行き交うような、都心の繁華街なんぞであったなら。その隙間もわずかに有るか無きかというほど人で埋まった雑踏の中、どれほど怪しいおじさんが、声を低めてのいかにもな態度でもって、どこぞかへ電話を掛けていようが、誰と何の話をしていようが、
『ああ"? 何、見てやがんだよ。』
そういう威嚇的な一瞥をくれただけで、周囲の誰であれ、関わり合うことでの後難を恐れ、そそくさと眸を逸らしていたに違いなく。
「…田舎だっていう油断があったか、それとも慣れてなかったか。」
田舎に在住の人だって、余計な火の粉は浴びたかないと思っちゃいるが…そういう話になる以前の段階として。日頃から人の気配がないよな一角に誰ぞがいれば、ああ人だと注意だって向くさね。ご近所での見覚えのない人ならば、誰かしらと注意深く見もしよう。ましてや、自分チの生け垣の間際。そこに人が居ようが居まいが、目をやって誰に遠慮が要りますかってポイントだったから視線を投げただけ。強引に手元を覗き込んだ訳でもなけりゃ、無理から何かをもぎ取った訳でもない…と。むしろ、元はと言えば自分らの側の落ち度だと。そこのところは判っているらしい、ずんと落ち着いてた兄貴分のおじさんは、そういうもろもろは判っていながらも、
「返してもらわにゃ、俺らが困るブツなんでな。」
小さくて真っ白なテリアの仔を懐ろにしっかと抱え、暴れたり喚いたりこそしない大人しさではありながらも、
――― 何にも話さないんだからね、と。
大きな眸でこっちを見据え、意固地にも口を噤んだままになってしまった、なかなか強情な坊ちゃんに、実を言うと少々手を焼いている。
「大人しくしてりゃあ悪いようにはしない。無傷で返してやっから、その代わり、警察に届けんのも無しな?」
見ず知らずの…しかも複数がかりという強引さで、無理から車に引き摺り込んで拉致なんて真似をしたような輩に言われても、
“信用出来るわけないじゃんか。”
ですよねぇ。そうまで勝手な言いようを告げると、ポケットから取り上げてあった ルフィの携帯電話を手に取った、スーツ姿の年齢不詳なお兄さん。他の面々へと顎をしゃくって見せたので、うすと目礼を返してそれから、
「さあ、お前さんはこっちだよ。」
ルフィ本人にはもう直接の用はないということか。別のお部屋に監禁でもされるのらしく。
「触んなっ。」
肩を、二の腕を掴もうとしかかったの、いやいやをして振り払い、ムカッと来たらしい若いのが手を挙げかかるのを、別のおじさんが制し、ルフィへは“廊下へ”と視線で促して見せる。紳士的とは言えないが、全員がそうそう荒ごとばかりに慣れている訳でもなさそうで、
“…判りにくい人たちだよね。”
まあ、痛い目には遭いたかないから助かるけれどと。この殺伐とした緊張感の中で、何でだか妙に腹が据わってしまったらしき ルフィさん、隙あらばどんなことしたって逃げ出すぞとの決意も新たに、今はとりあえず、手を述べての指示に従って、別の部屋へと案内されて行ったのである。そして………。
「登録されてるのは携帯ばかりだな。固定は東京と海外の。あと、ロックがかかってるメモリーがあるが、まあそういうのは今はどうでも良いだろ。」
ルフィの携帯の中、着信履歴や住所録だのメールだのをザッとチェックしてみたらしいスーツ男は、
「例の屋敷とやら、自宅じゃあなく夏休みだからって来てた別荘だったのかもな。」
連れて来てしまったルフィは、肝心の…彼らのお目当てである、十中八九、あの怪しいプラスチックカードを持ってはおらず。ならばと、彼らが構えたは次の手段で。
「まあ住所が判ってるんだから、電話番号なんてもんは何とでもなろうが。この坊っちゃんの家へ連絡して、さて、どうするかだな。」
兄貴分らしいスーツの男が、舎弟が食卓用らしい椅子をどこかから拝借して来たそこへと腰掛け、ちょいと考え込んで見せる。見知らぬ大人、それもどう考えたって堅気じゃあなさそうな男ら数人に、力づくで連れ去られた先だったってのに、怯えもしないでいた、妙に肝の座ってた坊っちゃんで。
“普通なら、早く帰して欲しいからって、知ってるこたぁなんでもぶちまけるよな。”
何も“お前が隠している悪事を全部吐け”なんて言ってるんじゃない。彼には全く覚えのなかろう、不良品みたいに何にも印刷されていないプラスチックカードのことを訊いているだけ。相手もああいうものの仕組みをようよう知っていたとしても、磁気部分に記録してあったのは誰かや何かのデータではなく、乱数みたいな意味をなさぬコードのみ。よその人間が見たところで意味さえ通じない筈であり、そんなものをああまで白を切って隠すものだろか。
「あの子が知らないって言ってるのが本当ならば、カードはまだ見つかってないまま、その裏庭の茂みのどっかにあんのかも知れん。」
「それは…。」
探したんですけれどと言いかけたのは、無くした張本人なのだろう。とはいえ、ジロリと睨まれると、慌てて口を噤んでしまう。
「探したっつってもな。あの子んチの庭先だっていうんなら、やっぱり人ん目がいつ出て来るやも知れねぇ場所だ。それを警戒しながらじゃあ、徹底的に探せてないかも知れねぇだろうがよ。」
はい、お兄様正解です。(苦笑) 現に、茂みの中に残ってましたものねぇ。
「日にちが迫ってることだしな。悠長に構えてはいられねぇが、さてどうしたもんか。」
余計な手間仕事を増やしてくれた部下たちの不手際へ、まったくよぉと渋い表情になってしまったリーダー様だったりするらしかった。
◇
さてさてこちらは、ルフィ奥様とウェスティのカイくんとを掻っ攫っていった悪党たちの車を標的とし、執念での追跡を敢行中の皆様で。ムシュ・サンジェストがとんでもない手腕を発揮して、PCを活用したネット検索も大いに活用しての解析により見つけた相手。そこから動かないようだと結論づけた上で追っていた対象ではあったものの、もしかして…車を乗り換えたという危惧も、実を言うとあったのだけれども。ここからは徒歩で逃げたという懸念だって、可能性としてはあったのではあるが。それでも。素人だったらまずはそうする、警察に通報して状況を説明して etc.…という正規の手順を踏んでいない分、それからそれから、さすが、こういうことにかけてはむしろ“玄人”ならではな手際のよさで、ターゲットをあっと言う間に絞り込めたがために、タイムロスはほとんど無いにも等しくて。
「…あれじゃないのか?」
土地としては新しく開かれた場所じゃあなかったが、居住者のいない廃屋風の別荘や、封鎖されて久しい風情の企業の保養所などが集まっている一角、人通りがないという点ではむしろこちらの方が隠れ家向きの通りが見通せるところまで、ものの小一時間もかけずにやって来たご一行。とある空き家の駐車スペースに、ボックスカーとセダンとが収められてあり。ボックスカーの方は、車種は言うに及ばず、監視カメラから最初に拾った該当車の掲げていたナンバープレートと一致するプレートをつけたまま。しかもしかも、
「………うん、絶対に間違いない。」
こちらの るふぃくんもまた、妙に確信ありげな様子で うんうんと大きく頷いた。だって大好きなカイやルフィの匂いが こうまでするんだもんと、いやまさか、そこまでの根拠を言う訳にはいかないものの、
「そうか。」
だったらばと、それは自然な反応として車から降り立とうとしたのが。さすが、奥方の身が心配で心配でしょうがない、ルフィの旦那様のゾロ…と、こちらも愛しいカイくんのことが心配で心配でしょうがない、パパぞろさんの二人がほぼ同時。
“行動までこうも似てくると、やっぱ双子じゃねぇかって思うのが自然だよなぁ。”
ルフィと るふぃくんの見分けはつくが、ゾロと ぞろさんの見分けはやっぱりいまだに難しいらしきサンジェストさんが。色や素材こそ違うとはいえ同じようなデザインの、夏の半袖シャツをまとった…その背中や二の腕にまといつく、雄々しい筋骨の充実ぶりまでそっくりな。二人の精悍な男衆たちが、車の両サイドから前方へ、フロントガラスの向こうへと、左右対称に ずいっと出て来たその構図に。場合が場合ながら“う〜ん…”とついつい眉を顰めてしまったりしたのだが。(笑) 手綱取りがそんな案配だったのを埋めるかの如く、
「ちょっと待ってって、二人とも。」
そこはさすがに、皆して浮足立ってどうするかと思ったか。それにしても、そんな役回りをこの人が担うなんて、今年の夏はやっぱり猛暑になるのだろうかと、失敬にも筆者までもが思ったほど、本来ならば一緒になって躍起になったはずの るふぃさんが、その伸びやかなお声を…少々低めての叱責を飛ばす。
「だがな、るふぃ。少しでも急がないと…。」
一応は引き留められて足が止まった反射がおさすがなれど、
“こんなとこまで似るもんなんかねぇ。”
やはり唇をひん曲げてしまったサンジさんには、どっちがどっちやら ちょっと混乱の同じお顔が振り返り。まずはと言い返した方が…るふぃくんを呼び捨てにしたから ろろのあさん家のぞろさんだとして、
「そうだぞ? 得体の知れない輩に攫われたってだけでも、かなりの心的負担になってるはずだし。」
それへと追随し、一刻も早く助け出してやらねばと気が急いて様子を見せた、ちょっと理屈っぽい方は。サンジェストさんからしたらば“憎っくき婿様(笑)”の方のゾロなんだろなと、今やっと見分けたお姑様が、
「二人は向こうの側の手近にいるんだぜ?」
一番恐慌状態にあった人だってのに、この…彼にとってはたいそうシュールな風景を見ていて、逆に我に返れたものか。何とか落ち着くと、るふぃくんが言いたいらしいことを二人の“ゾロ”へ向け、咬み砕いての説明をして差し上げる。つまりは、
「焦って“見つけたぞ”って飛び込んだところで、
人質の二人をそのまま危険な楯にされるのがオチだろうよな。」
か弱い対象を羽交い締めにし、俺たちに手出しをしたら、こいつか わんこの方を刺すぞ…ってトコですかね。これにはさすがに、
「う…。」×2
二人のゾロさんたちも言葉に詰まる他はなく。まあねえ。土壁でも自然石作りの岩窟住居の壁でも、現代ならばの鉄筋コンクリートが相手でも、意識を集中させりゃあ一刀両断出来っぞなんていう、常識離れした、ついでに常人離れもしているような剣技でも習得してりゃあ話は別ですが。(苦笑) こっちは素手空手の、しかも素人。全員が多少は…標準以上の体力も持ってはいるが、それにしたって、飛び道具でもない限り、人質に刃物を突き付けられては手も足も出ない。いや、もしかすると相手への破れかぶれを誘いかねずで、更に危険な状況になってしまうかも。
「相手があん中に居るってんなら、こりゃあ一種の城攻めみたいなもんだ。籠城なんて方向へでもなだれ込まれちゃあ、それこそ事態が長引くだけだしな。」
そうなったら結局はルフィたちが可哀想だからと、もう捜し当てたんだぞということは、出来るだけ相手へは気づかせないでおくとして、さて。此処からをどうしたもんかと。さっきまでは高性能カーナビとして使っていたモニター画面へ、今度は…ターゲットになってる別荘を、車載カメラによる望遠映像なのだろう、たいそう間近に見えるほどの倍角で映し出して下さったサンジェストさん。屋敷がそのまま、愛しい家族を食ってしまった化け物ででもあるかのように、忌々しげに睨んでいたものの、
「…あのね? サンジェストさん。」
「んん?」
後ろの座席に居残っていた、ろろのあさんチのるふぃくん。やっぱりフロントガラスの向こう、遠い別荘をじ〜〜〜っと見つめているそのままで、運転席の金髪のお兄様へと…妙に静かな声を掛けており、
「………それっくらいは出来なかないが。」
「一旦お家に戻らなきゃなんないかな? だったら、鍵さえ貸してくれたら俺がひとっ走りして…。」
「何言ってるの、人の足じゃあずんとかかってしまうし、疲れるばかりで大変だろう。大丈夫、この場へ持って来させられる伝手があるから早速にも…。」
何をか思いついたらしいからこそ、冷静に振る舞っていたるふぃくん。車外に出ていた二人の偉丈夫さんたちへも、ちょいちょいっと手招きをして見せて、その“思いつき”とやら、手振りを交えて話して聞かせる彼だったのだが…………さて?
◇
さて。こちらは問題の別荘の一階中央に配置されている、出窓も洒落た、ゆったり広々したリビングルーム。但し、現在は埃っぽい“空き部屋 その一”にすぎなくて。元いた住人が置いてった、なけなしの家具の不揃いさ加減が…尚のこと、無人の空き家の荒すさみようとか、殺風景な空気を強めてもいるというところ。そんな空き家をちゃっかりと塒アジト代わりにしていたのは、何やら企みを抱えているらしき男どもの一団で。都心からちょいと離れた高級郊外都市が周辺に広がる、そんな位置関係に目をつけての、強盗団でもあるものか。頭目がいて、そんな彼へは口答えしないというよな“恭順の構え”を取って見せたりと、一応の統率は取れているよに見えなくもないが、
“…ったくよ。”
その部下たちがやらかした不手際に、兄貴分らしきこちらさん、少々ギリギリしておいで。選りにも選って、男の子を掻っ攫って来ちゃったなんてね。日本では、営利目的でもそうでないのも引っくるめ、誘拐は殺人に匹敵するほどの大罪だ。無事で帰しゃあいいだろう…じゃあ済まない代物なんだってのに。そこいらが果たして判っているやらいないやら。実行犯ってのは得てして、いざその場に臨んだだけで、気分がずんと舞い上がってしまうものだから。何かと勢いで手掛けちゃう傾向も強まるに違いなく。それに…恐らくはあまり場慣れしてはいなかった方々だと見えて、そういう意味合いからの緊張と興奮ってのも、計り知れないものがあったに違いなく。
“やっちまったことを今更とやかく言っても始まらねぇんだが。”
そうまでして連れて来た肝心のご本人が、なのになのに、そんな落とし物なんて覚えがないって言い出して。まま、あれがどういう価値があったかなんてのは、自分たち以外には判らないこと。よって、その身につけていないってのは多いにあり得る話。ならば…これはやはり、もう一度問題の生け垣を浚わせるしかなさそうだけれど、
「…あれかな。
あの坊やを、どっかとんでもない遠くで引き渡すって連絡するか。」
携帯への電話が一向にかかって来ないところを見ると、お昼どきに戻らなくともさほど心配されてはない子ではあるようで。そのくらいに…少し大きいお兄ちゃん世代だが、短大生でも攫われる昨今だから、さほど不自然でもなかろうてということで。今時はよく聞く話の“連れ回し”ってのに見せかけて、解放されたから迎えに来てと、本人からの電話を掛けさせりゃあ、家人が迎えにってすっ飛んでくに違いなく。
「そうやって、あの家を空けさせるんですね?」
「ああ。家族は幾たりだった?」
「確か、世帯主にしちゃ若いめの男と年寄りの家政婦と、あとはあの坊主の弟でしょう、ずっと小さい子供が一人ってところです。」
ならば。迎えにはその男がくるだろうし、小さい子がいるのなら家政婦とやらもそうそう外へは出てくるまい。物音が多少したとして、頼もしい主人が不在なのだ、家の中深くに引っ込んだまま、小さな坊やを守るようにして、震えてやり過ごすというところかも。
「よ〜し、その線で行く。」
気の重いお荷物を抱えちまったが、早く本題へと立ち戻るのが先決と、そこはさすが“幹部格”だけあって、切り替えも素早く働いたリーダー格の兄貴さんだったのだが、
「………んん? えっ!! なんでっ!」
同じ室内のドア近く、こんな土地の言わば“隠れ家”でまで、そんな形式を保つこともないながら、そういう配置がもはや習慣になっているものか。首脳陣への護衛のためにとドア近くの壁際、後ろ手姿勢で胸を張り、一端のSPよろしく直立不動でいたボディガードの舎弟が突然、何だか妙な…素っ頓狂な声を出し。
「??? どうした?」
頭を使うお追従は苦手ながら、口数少なく、されど身体の切れはずば抜けている腕自慢。だからこそと引き回してやっている若いのだけに、主人たちがビックリするよな声を出すなど滅多にないこと。お前は警報器かいと、窘め半分、そっちを見やった少し若いのが、だが、
「げ…っ!」
もっと下品な声を出す。何かを見ての反応らしく、なのに何がどうしたという報告はなく。まどろっこしいな、大の大人がそんなみっともなく狼狽うろたえるもんじゃあねぇと。こちらさんは無言で立ち上がり、彼らが見やってそのまま、視線を動かさないでいる方向を見やれば。
――― 世間様は、夏真っ盛りの8月初旬。
関東以北では、気の早い台風が来たせいもあって、なかなかに壮絶な梅雨となり。その余燼を引きずって、七月一杯はどこか雨催いな日が続き、やっとのことで夏らしいお天気が続くようになったのがこの数日。住む人もなく手入れされることもなくなって何年経つやら、結構な広さもあって元は立派だったらしい、わざわざ持ち込んだものらしい立木も何本か見えるという豪勢な庭先も、さすがに草が伸び放題で荒れており。中ほどにあったらしい茂みはジャングル化していて、向かい側の母屋や、庭の四阿あずまや、離れらしき小屋もあるはずが、先んじて知っていなけりゃ、その配置さえ判らないほど。そんな草の壁が外からの遮蔽になってくれてもいたのだけれど。そんな草の壁を背景にして、佇む人影がそこには見えて。
「災難だったよねぇ、カイくん。」
手元懐ろには、小さな白い何かを大事そうに抱えてる。それへと話しかけているのは…中学生くらいなのか、それにしたって今時には痩せっぽちな。細い腕と薄い肩をした、ショートカットのぽさぽさ髪の男の子。
「あ、ああああ、あれってまさか…。」
あの、水色のパーカータイプの半袖シャツは、あの濃紺の七分パンツは。袖のところには、人気のヒップホップユニットの缶バッヂ。下ろしたてみたいだった真っ白なコンバースには、端のほつれ止めにわざとに青いテープを使ってあった紐が通されてて。そんなカッコの男の子って…確か確か。
「何であの坊主があんなトコに居やがんだっ!」
当方のミスで連れて来てしまった男の子。だからって“下へも置かぬおもてなし“をする気はさらさらなく、とりあえずは監禁しておいたはずだのに。
「マサは、タカは、何してやがるんだっ。見張りはどうしたよっ!」
一緒に閉じ込めておけと、目顔で指示した筈の、あの白い仔犬を懐ろに抱えての。余裕のお散歩と洒落込んでいる彼こそは。着ているものといい、背丈や体格といい、そしてそして何よりも、あの横顔が間違いなく。彼らが攫って来たあの子に違いないのに。なんでまた、あんなところでちゃっかりと、余裕の脱出を果たしているものか。しかも、ここが大問題。
「あ…ああああ、あれ、あれっ。兄貴、あいつが手に持ってやがんのっ!」
仔犬を抱いてるのじゃあない方の手に、もてあそぶようにしてひらひらと。摘まむように、回すようにと躍らせている、白い平たいアレこそはっ!?
「あれはっ!」
「俺らが探してたカードじゃあ…っ!!」
でも、あれ? さっき、ポケットは全部浚ったのに。パーカーとズボンと、さすがに嫌がって抵抗してたけど、容赦なく隅々まで浚ったはずなのに? これにはどんな事情も、はたまた どんな“なんで?”も関係ない。ここまでは冷静に決めていた、スーツ姿の兄貴分さんも、目の色を変えて身を乗り出しており、
「誰でも良いからとっとと捕まえて来いっ!」
「うすっ!」
「はははは、はいっ!」
どよどよ、どよめく気配は廊下へも飛び火し、息を顰めて潜んでいたはずの全員が、何だなんだ、だから庭だって、あの坊主だったら向こうの棟の一階に放り込んどいたのによ、それがどーして あんなトコにいる、御託は良いから捕まえろってのっ! あのカード持ってやがんだよっ! え〜〜〜っっ! なんでだよ、それっ! いいから捕まえて取り上げろっっ!
“…もうちっと静かに捕まえられんのか。”
ほら、向こうでもこっちの騒ぎに気がついた。わっとお口を丸く開け、そのまま庭の中央へ、外へ出るにはちと見当違いな方向だったが、こっちからは遠くへと軽快にも逃げてった。それを追ってったのは…ひのふの、何で7人も?
“せめて二手に分かれるとか。”
ほんっとに要領の悪い奴らだと、溜息つきつつ、それでもその場から動かなかった、スーツ姿のお兄さん。飛び出してった部下の皆さんが後で語った顛末に、もっともっと深々と溜息をついたのは言うまでもなかったりし。だって、あのね………?
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*判る人には“はは〜〜ん?”と。既にバレバレの流れですいません。
それと。
お忘れかも知れませんが、これは8月初旬のお話です。
………筆が遅くてどうもすみませんです。(しくしく) |